映画『太陽の子』

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日本外国特派員協会記者会見レポート

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この度、7月5日(月)に日本外国特派員協会にて記者会見を実施いたしました。

 

会見には監督・黒崎博と、米・ロサンゼルスを拠点とし、黒崎の情熱を受け日米合作の懸け橋となったプロデューサー 森コウ、そして数々のヒットドラマを制作してきた土屋勝裕が登壇し、本映画制作への熱い想い、そして日米合作というビックプロジェクトを実現させた原動力ついて語っていただきました。

 

10年以上にわたり、本作の構想を温めてきたという黒崎監督は、完成までにこれほどの時間がかかった点について「テーマがすごくセンシティブであり、原子爆弾の被害について、日本人は非常にナーバスなところがあり、この映画のように、(原爆について)被害者の視点だけで描かれていない物語はほとんど存在しません。でも、僕はこの映画を勝者と敗者の視点では描きたくなくて、誰もが加害者にも被害者にもなりえたという視点で描きたいと思いました。それを理解してもらうのに10年以上の時間がかかってしまったのかなと思います」と説明する。

 

 

 

NHKの土屋プロデューサーは、2015年に黒崎監督から本作の構想について聞かされたそうで「黒崎から最初に脚本を見せてもらった時、これをNHKだけで作るのは無理だなと思いました。ドラマのクオリティでは世界に届いていかない――テレビドラマのクオリティを超えるものにしたいと共同制作のパートナーを探しました。黒崎の想いでもある、加害者、被害者を超えた普遍的なテーマで作るということであれば、国際共同制作としてアメリカと一緒に作ることができればと思いました。結果的にNHKの技術に加え想像を超えるすばらしい作品に仕上がったと思います」と振り返る。

特にチャレンジだった点については「ポストプロダクションをアメリカでやるというのは、NHKだけではできなかったことです。また、原爆が投下された後の広島の風景をリアルな写真から作っていくというのは黒崎監督のアイディアですが、そこにどうリアリティを出していくか? チャレンジであり、うまくいったと思います」と語った。

 

 

 

森コウプロデューサーは黒崎監督とアメリカ人キャスト、スタッフのやりとりについて言及。「(音楽を担当した)ニコ・ミューリ―など、結果的にみなさん、脚本を気に入って作品に参加してくれたんですが、監督がニューヨークに来て、ニコと会って、監督の熱を感じて、ニコもさらに素晴らしいクリエイティブを出してくれたし、(キャストの)ピーター・ストーメアとも監督が会って、どういうふうにしていくか? 監督が引き出していきました。そのプロセスは非常に興味深く、最初、アメリカチームの中に『これはどうすればいいんだ?』という迷いもあったかもしれませんが、監督の情熱が100%以上の力を引き出してくれたと思います」と黒崎監督の“熱量”を称えた。

 

 

史実とフィクションのバランスに関しては、黒崎監督は「一番気を使ったところでもある」とし「一番のポイントは、若い科学者がとても楽しく科学を突き詰めようとしていたということ。戦争のさなかでも、彼らの『科学が好き』というモチベーションは大事にしたいと思っていました。彼らは殺戮兵器を作るために科学者になったのではなく、見つけたい真実を求めて科学者になったのであり、自分自身でもこの研究の結末がどこに向かっているか、本当はわかっていなかったんじゃないか? それは世界中の誰も、広島を見るまでは知らなかった結末であり、そのリアリティを追求したいと考えていました。そして、いま現在もその問題は全く同じで、科学技術が人類をどういう結末に導くか? 誰もわからないと思います。COVID-19もゲノム編集もそうで、あらゆる科学技術は、人類を将来どこに導くかわからずに進んでいる――そこを描きたいと強く思いました」と語った。

 

また、映画の中では、黒澤明監督の名作『生きる』でも使われている「ゴンドラの唄」が歌われるシーンが登場する。黒崎監督は、日本人に古くからなじみのあるこの曲を使ったことについて「世津(有村架純)という女性のキャラクターの心の中を探していたのですが、『命短し恋せよ乙女』という歌詞が、生きたいという若い女性の気持ちと、死が隣にある状況を考えた時に自然に浮かんできました」と説明。この曲が名作『生きる』に使われていることは「あとで思い出した」とのことで「何度も見返して、(『生きる』と)何が共通していて、何が違うのか? 慎重に考えた上で、それでも歌ってほしいと(使うことを)決断しました。『生きる』の主人公もこの映画に出てくる人たちも、スーパーマンやスーパーウーマンではなく、ただの庶民であり、(本作の主人公は)科学者ですが、天才的な科学者ではなく、ただのひとりの若い男の子であり、生きることに一生懸命です。自分が正しいか間違っているのかわからないまま、一生懸命に生きている――そこは同じかもしれないと思いました」と語った。